2010年7月 5日

ブイ再設置への抗議と経産省との意見交換の報告です

先日ぶんぶんニュースVol.21でも

▼6月28日(月)、約半年ぶりに上関原発予定地の田ノ浦の取水口を
作る予定の海域に作業台船がやってきました。ブイがひとつ
しけで流されたためです。

気になる現在・田ノ浦の状況は、こちら。
写真・動画などもあります。
らんぼうのあーす☆がいど:http://ameblo.jp/earthguide/
虹のカヤック隊:http://ameblo.jp/nijinokayaker/
UrauraNews :http://iwaijima.jugem.jp/

とお伝えしましたが、

祝島島民の会ブログより報告がありましたので転送します!
http://blog.shimabito.net/

+++

【ブイ再設置への抗議と経産省との意見交換の報告です】
 
中国電力は6月28日に今年3月の強風で流された埋め立て工事区域を示す浮標灯(ブイ)の再設置をしようとしてきました
中国電力は以前にも台風で台船が流されるなど一歩間違えれば大事故につながりかねないミスをしており、海や風など自然に対する認識とそれらに対する危機管理の甘さに、祝島の漁業者は強い不信感と安全に操業する上での危機感を抱いています
3月に流されたブイについてもたまたますぐ近くの浜に打ち上げられましたが、潮や風によってはブイやワイヤーが海上に漂流し、漁業者の操業や船舶の航行に支障が出かねない事態でした

今回の突然のブイの再設置に対し「なぜブイが流されたのか」、「流されないようきちんと対策をしているのか」と祝島の漁業者や近辺海域をフィールドにしているシーカヤカーらは海上で問いかけましたが、中国電力はそれらにまったく答えず作業を強行しようとしたため、きちんと答えるよう、また作業を強行しないよう抗議しました

また今回はなぜか経済産業省の人間を乗せた船が海上にいて、現状を視察していました(原子炉設置許可も出ないうちに現地に視察に来るのは異例のことだそうです)
そのため中国電力には抗議するとともに、経済産業省へはなぜ祝島が原発計画に28年以上も反対しているのか、現地の実情や自分たちの思いをきちんと伝えようと島の女性を中心に10名ほどが船に乗って会いに行きました

現場では、まず祝島がなぜ原発に反対しているのかを話し、相手方からはなぜ国が原発を進めようとしているのかを聞き、それぞれに対する質問や返答が飛び交いました

島の女性からは、海を守らなければ島では生きていけないこと、なぜこんな自然が豊かな瀬戸内の海に原発を造らなければならないのかという疑問、そして実際に島の人間は何度も原発の既立地点を見に行き、現地の人とも話し、温排水が流されている海を見て、近辺の漁師から直接話を聞き、それで原発に反対することを決めたこと、また離島のため万が一の場合に逃げ場がなく、それについて中国電力や町は無視していることなどを伝えました

経産省側は、原発が国策であることやCO2削減に必要であることなど一般的な話が最初は多く出ましたが、会話が進むにつれ、「温排水でゆでタコができるなんてことはないから大丈夫だ」などといった祝島の人間が思ってもいないようなことに対する反論めいた言葉が飛び出るなど、上関や祝島、現地の反対運動について相当ゆがめられた形での情報が伝えられていることが感じられる場面がありました
また豊かな自然が残された瀬戸内の海にわざわざ原発を作らなければならない必要性、事故時の避難などの問題についてはきちんとした説明はもらえませんでした

会話は平行線ではありましたが、30分以上じっくりと海上で話すことができ、現地の様子、現地の思いを担当者の方には肌で感じてもらえたと考えています
またこの会話で島の女性たちが伝えた思いはきちんと持って帰って伝える、という約束もしました
国においては、どうか現地の現状については偏った情報のみを聞くことなく、また現地で海とともに生きている人たちを無視して机上の判断でその生活を潰すようなことをしないよう、強く願います

なおブイの再設置への抗議については、体力や天候、また経産省との意見交換ができたこともあり、7/2に終了しました
もちろん建設予定地海岸での島の女性やカヤッカーなど若い人たちの協力をえて行っている座り込み、監視は継続中です
どうか引き続きご支援のほどお願いいたします
(画像や意見交換時の動画はまた後日掲載いたします)
++転送ここまで++
 
現地にいるシーカヤッカーからメールが届きました。こちらも転送します。
 
+++
今回は特に見てほしい、伝えてほしい映像があります!!
祝島のお母さんたちの28年間の想いです。
 
6月28日から始まった5日間に渡る抗議行動でのやり取りです。
現場に来ていた経済産業省の船に祝島のお母さんたちが想いを伝えに行きました。
 
祝島のお母さんたち 28年の想いを国へ 2010.7.2
http://www.youtube.com/watch?v=55LJ1lWxC-Y
 
 
メディアではなかなか取り上げられない小さな声を拾うこと。
(祝島のお母さんたちの声は結構大きいですが 笑)
一人ひとりがメディアになって「ぶんぶんぶん♪」と伝えていきましょう!
 
できれば、リンクしてブログやmixi、ツイッターなど市民メディアで伝えてほしいです。
(ブログに載せるには、映像下の<埋め込みコード>を貼りつけるとできます)
 
よろしくお願いします!
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いくつか言葉を拾ってみます(※言葉そのままではありません)。
 
「日本が終戦で一番食糧がない時に、都会からみんな祝島に帰ってきました。海や山があったから生き延びて来れたんですよ。だから、私たちが生活する漁場だけは残して頂きたいのです。だから、28年間一生懸命に家は捨てても反対してきました。どうかよろしくお願いします。」
 
「私には子供も孫もいます。その孫のことを思ってもこの海だけは捨てられないと思って一生懸命しています。どうか原発だけは建てないでください。これは漁師たちのわずかな望みです。」
 
「私たちにも生きていくための生活権があるのです。漁ができなくなったら離島ゆえに祝島では生活していけなくなります。どうか助けて下さい。今ならまだ間に合います。」
 
「中電さんは多額のお金をばら撒いていますよね。いいものが来るのなら、私たちはお金は要らないのですよ。私たちは補償金を受け取っていません。」
 
 
**********************
「上関原発」現地より動画を公開しています↓
http://www.youtube.com/user/hakunamatataTJ
(リンクOKです。市民メディアで伝えてください!)
**********************
++転送ここまで++
 
(staffフジイ)
 

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://888earth.net/mt/mt-tb.cgi/276